大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成6年(オ)1728号 判決

上告人

伊尾貞子

右訴訟代理人弁護士

長谷則彦

水石捷也

秋元善行

被上告人

畠山純忠

畠山和子

右両名訴訟代理人弁護士

藤澤實

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人長谷則彦、同水石捷也、同秋元善行の上告理由について

本件訴訟は、被上告人らが上告人に対し、相隣接する被上告人ら共有の群馬県吾妻郡長野原町大字北軽井沢字南木山大楢二〇三二番六〇三の土地と上告人所有の同所同番六〇四の土地との境界の確定を求めるものであるところ、所論は、要するに、右二筆の土地の境界が第一審判決添付別紙図面のイ点とロ点を結ぶ直線であるとすると、上告人は、被上告人らが共有する同番六〇三の土地のうち、同図面表示のイ、ロ、ハ、ニ、イの各点を順次直線で結ぶ線で囲まれた範囲の土地を時効取得した結果、両土地の境界は上告人の所有する土地の内部にあることになり、境界線の東側の土地も西側の土地も所有者を同じくすることになるから、両土地の境界確定を求める被上告人らの本件訴えは原告適格を欠き不適法である、というのである。

しかしながら、境界確定を求める訴えは、公簿上特定の地番により表示される甲乙両地が相隣接する場合において、その境界が事実上不明なため争いがあるときに、裁判によって新たにその境界を定めることを求める訴えであって、裁判所が境界を定めるに当たっては、当事者の主張に拘束されず、控訴された場合も民訴法三八五条の不利益変更禁止の原則の適用もない(最高裁昭和三七年(オ)第九三八号同三八年一〇月一五日第三小法廷判決・民集一七巻九号一二二〇頁参照)。右訴えは、もとより土地所有権確認の訴えとその性質を異にするが、その当事者適格を定めるに当たっては、何ぴとをしてその名において訴訟を追行させ、また何ぴとに村し本案の判決をすることが必要かつ有意義であるかの観点から決すべきであるから、相隣接する土地の各所有者が、境界を確定することについて最も密接な利害を有する者として、その当事者となるのである。したがって、右の訴えにおいて、甲地のうち境界の全部に接続する部分を乙地の所有者が時効取得した場合においても、甲乙両地の各所有者は、境界に争いがある隣接土地の所有者同士という関係にあることに変わりはなく、境界確定の訴えの当事者適格を失わない。なお、隣接地の所有者が他方の土地の一部を時効取得した場合も、これを第三者に対抗するためには登記を具備することが必要であるところ、右取得に係る土地の範囲は、両土地の境界が明確にされることによって定まる関係にあるから、登記の前提として時効取得に係る土地部分を分筆するためにも両土地の境界の確定が必要となるのである(最高裁昭和五七年(オ)第九七号同五八年一〇月一八日第三小法廷判決・民集三七巻八号一一二一頁参照)。

右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)

上告代理人長谷則彦、同水石捷也、同秋元善行の上告理由

一 原判決には、民事訴訟法第三九四条にいう判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。即ち、原判決には職権調査事項である当事者適格についての判断を誤った違法がある。

二 原審は、判決理由において、「境界確定の訴えは土地所有権の範囲の確認を目的とするものではないから、右訴えにおける境界の確定にあたって取得時効の主張の当否は無関係といわなければならず(最判昭和四三年二月二二日、民集二二巻二号二七〇頁)、また、隣接する土地の所有者間の境界確定訴訟において、一方の土地のうち境界に接する部分を他方の土地所有者が時効取得した場合でも、両土地所有者は当事者適格を失うものではない(最判昭和五八年一〇月一八日、民集三七巻八号一一二一頁)と解するのが相当である。」と述べ、第一審の被告が本件係争地を時効取得した結果、「本件訴訟は被告所有地内部の境界の確定を求める訴えに他ならないとして不適法却下したのは右最高裁判所の各判例に照らして許されない」と判断した。

三 本件は、境界確定訴訟であり、その訴えは、互いに隣接する土地の境界線について争いがある場合に、裁判所の判決によってその確定を求め、それによって当事者間の私的紛争を解決をはかる訴えである。

この訴えで当事者適格をもつ者が誰かについては、隣接する土地の所有者が当事者適格をもつと解されている。

境界確定訴訟の法的性質については諸説あるが、形式的形成訴訟説をとる最高裁判例も当事者適格について右の当事者適格の考え方を前提として、最判昭和五七年七月一五日民商八八巻二号八六頁は、「相隣接する係争土地につき処分権能を有しない者は土地境界確定の訴えの当事者となり得ない」と述べている。

この場合の、「隣接地」の意味であるがこれは具体的な土地と解し、相互に具体的土地として隣接を所有する関係にある者に当事者適格が認められると解すべきである。

もともと、境界確定訴訟は地番と地番との間に存する公法上の境界を確定することを目的とするもので、換言すれば権利を入れるべき容器の縁辺を確定するものであって、その中の権利自体の有無や態様には直接関係がなく、境界確定の訴えと所有権の主張とは本来無縁であるといわれている。

しかしながら、民事裁判は、究極においては私的紛争の解決を目的とするものであり、その意味では境界確定訴訟においても、その原告または被告となるべき者は、境界に関する紛争の解決につき最も利害関係の強い者をもってこれを担当せしめるのが適切である。

そうして、通常の場合、境界に接する両隣地の所有者が、当該境界の確定につき最も強度な利害関係を有する者と推定されるから、境界確定訴訟の適格者は両隣地の所有者であると解するのが相当である。

四 ところで、原審が「境界確定の訴えは土地所有権の範囲の確認を目的とするものではないから、右訴えにおける境界の確定にあたって取得時効の主張の当否は無関係といわねばならない」として指摘する最判昭和四三年二月二二日民集二二巻二七〇頁については、当事者適格について以下のとおり問題があり、右の最判昭和五八年一〇月一八日民集三七巻八号一一二一頁の当事者適格についての判断と齟齬するものであるといわねばならない。

即ち、原審が指摘する最判昭和四三年二月二二日民集二二巻二七〇頁は「境界確定の訴えは、隣接する土地の境界が事実上不明なため争いがある場合に、裁判によって新たにその境界を確定することを求める訴えであって、土地所有権の範囲の確認を目的とするものではない。従って、上告人主張の取得時効の抗弁の当否は、境界確定には無関係であるといわねばならない。けだし、仮に上告人が本件A番地の土地の一部を時効によって取得したとしても、これによりA番地とB番地の各土地の境界が移動するわけのものではないからである。上告人が、時効取得に基づき、右の境界を越えてA番地の土地の一部につき所有権を主張しようとするならば、別に当該土地につき所有権の確認を求めるべきである。それゆえ、取得時効の成否の問題は所有権の帰属に関する問題で、相隣接する土地の境界の確定とはかかわりのない問題であるとした原審の判断は正当である。」という。

確かに、形式的形成訴訟説に立脚した場合、境界の確定に関する限り、所有権の帰属は何ら関係がないとする点においては、右判断は正当である。右の事案において、被告が取得時効の完成を主張して所有権の帰属を争うためには、係争地の所有権確認の反訴を提起すべきであろう。

しかしながら、右反訴を提起するか否かは別として、右の判例は当時者適格についての判断に問題がある。

境界確定訴訟において原告または被告となりうる当事者適格を有する者は、境界線に接続する両土地の所有者であることを要するとするのが支配的見解である。これによれば、もし被告が取得時効の完成により地番と地番との境界線を越えて、隣地たる原告所有地番の一部の所有権を取得しているとすれば、原告は境界線に直接接続する具体的土地を所有していないことになり、この点において当事者適格を欠くといわざるを得ない。

というのは、原告としては既に特定地番の境界線を含む一体の具体的土地の所有権を喪失している以上、特段の事情がない限り地番の境界の確定について何らの利益を有しないからである。

被告の取得時効が完成した以上、原告にとって利害関係があるのは同一地番内の混在する二つの所有権の限界線だけであり、それは正に所有権確認訴訟で解決すべき問題であるからである。

当事者適格の有無は職権調査事項であるから、裁判所は当事者がこれを争点とするか否かに拘らず、この点の審査をしなければならないのである。そうだとすれば、境界確定訴訟において取得時効の主張がなされた以上、その当否についても判断し、時効完成の結論に達した場合は、訴訟要件たる当事者適格を欠くものとして原告の訴えを却下せざるをえないことになる。

五 更に、原審は「隣接する土地の所有者間の境界確定訴訟において、一方の土地のうちの境界に接する部分を他方の土地所有者が時効取得した場合でも、両土地所有者は当事者適格を失うものではないと解するのが相当である」として最判昭和五八年一〇月一八日民集三七巻八号一一二一頁を指摘する。しかしながら、右最判昭和五八年一〇月一八日は、一方の土地のうちの境界に接する部分の一部分を他方の土地所有者が時効取得した場合であり、本件のように一方の土地のうちの境界に接する部分の全部を他方の土地所有者が時効取得した場合とは事実関係が異なるため、この判例をひいて本件において当事者適格を失うものではないと認めることはできない。

なぜならば、右最判昭和五八年一〇月一八日の事実関係は、隣接する土地の所有者間の境界確定訴訟である点は本件と同じであるが、一方の土地のうち境界に接する部分全部ではなくその内の一部分を時効収得した場合であるから、未だに境界に接する他の部分については互いに境界を接している(即ち具体的隣接地である)のであり、当事者適格を失わないと解することができるのに対し、本件においては、一方の土地のうち境界に接する部分全部を他方の土地所有者が時効取得した場合であるから、既に具体的な土地として隣地を所有する関係になくなっているからである。

そうであるから、本件境界確定訴訟は、被告所有地内の境界の確定を求めるものに他ならず、当事者適格を欠き不適法として却下されなければならない。

更に、境界確定訴訟の当事者適格の問題については、その後なされた、最判昭和五九年二月一六日(昭和五七年(オ)八七五号)がある。

この判決は、公簿上隣接する特定地番の土地の登記簿上の名義人であるが具体的な土地として隣地を所有する関係にない者は境界確定訴訟における当事者適格を有しないと判断している。この判決は、「相隣接する係争土地につき処分権能を有しない者は、土地境界確定の訴えの当事者となり得ない」とする最判昭和五七年七月一五日民商八八巻二号八六頁とも合致するものである。

六 かかる判例の立場からすれば、原審が一審において正当に判断した当事者適格(取得時効)についてすべて否定し、上告人の取得時効の主張(当事者適格)の抗弁について判断しなかったのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背であるから、原判決を取り消されなければならない。

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